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2023.11.13
横浜国立大学 豊饒な社会のための研究拠点(YNU防災研)には6つの研究ユニット(インフラ長寿命化研究ユニット、地震・地下防災研究ユニット、水・風・火災害研究ユニット、地域防災研究ユニット、防災の哲学研究ユニット。途上国・大都市防災研究ユニット)があります。
今回は、途上国・大都市防災研究ユニット長で都市計画・地域計画を研究している松行美帆子教授に防災に関する研究についてインタビューをしました。
松行美帆子:横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院教授。博士(工学)。専門分野は、都市計画、とくに開発途上国の都市計画、都市計画への環境配慮。著書に 『グローバル時代のアジア都市論ー持続可能な都市をどうつくるか』(丸善出版)
ー途上国・大都市防災研究ユニットとは、どのような研究活動をされているのでしょうか?
松行:途上国・大都市防災ユニットでは、開発途上国をフィールドとした防災に関する研究を行っています。貧困問題や未成熟な制度といった開発途上国特有の課題と防災を結び付けたいわゆるソフト面での研究や、開発途上国にある材料を使ったインフラの開発をするといったハード面の研究まで、開発途上国の環境に合わせながら、レジリエントな都市をつくるための研究を行っています。並んで、国内外において、大都市特有の防災に関する課題や大都市スケールでの防災に関する研究も実施しています。
ー途上国と大都市という一見全く異なるフィールドを研究対象にされているのはとてもユニークに見えます。まず、それぞれのフィールドの具体的な取り組みについてお伺いします。
ー開発途上国をフィールドとした防災の具体的な取り組みを教えてください。
松行:例えば、私の行っているインドネシアでの研究をご紹介します。
ご存知のように、ジャカルタは気候変動の影響を大きく受け、海面上昇による被害が深刻です。さらに、地盤沈下も深刻で、結果として海岸沿いや河川沿いの地域で洪水被害が深刻化しています。ジャカルタ政府は、洪水対策としてのポンプ場改修事業や河川の改修事業を行い、その一環としてポンプ場や河川周辺のいわゆるスラムに住む住民の公共アパートへの移転を行いました。この移転させられた住民の大部分は貧困層であり、この住民移転はインドネシア国内で大きく批判もされました。そこで、私達はこの公共アパートに移転した住民を対象にアンケート調査を実施し、Livelihood vulnerability index(LVI)という指標を用いて、移転によりどれだけ住民の気候変動に対する生活の脆弱性が変化したのかを検証しました[1]。アンケートの結果、確かに安全な場所への移転に伴い、洪水からの脆弱性、各戸にトイレのある住宅に住むことにより衛生面での脆弱性は改善されました。また、多くの住民が当初季節労働者として滞在していたため、今はずっとそこに住んでいてもジャカルタに住民登録ができず、貧困層であってもジャカルタ政府からの補助金を受け取ることができませんでした。移転に伴いジャカルタ政府に登録することができ、補助金を受けることができるようになりました。その反面、多くの住民がもともとのコミュニティに根差した仕事をしていたので、移転のために多くの人が職を失い、またもともと親戚が集まって住んでいたのも、移転によりバラバラになり、近隣に頼れる存在がいなくなってしまったことがわかりました。
ー住民の安全性を高める防災計画によって、生活の脆弱性の一面が増してしまうのですね。では、災害に脆弱な場所に住む貧しい人々はそこにすみ続けたほうがいいのでしょうか?
松行:さきほど申しましたように、このプロジェクトによって移転した人は、元々ジャカルタに住民登録がされていなかったのが、登録ができるようになりました。また、自宅もスラムの脆弱な住宅から作りのしっかりとした公共アパートになりました。
つまり、インフォーマルな状態だったのがフォーマル化された、ということになります。このフォーマル化されたことの恩恵は大きいのですが、その反面、インフォーマルなコミュニティに根ざしていた職や親族とのネットワークを失ったり、井戸の水を使っていたのが公共アパートでは水を買わないといけなくなったり、自分たちでコミュニティの管理を行っていたのを公共アパートでは管理費を支払わないといけなくなり生活費が上がってしまったり、フォーマル化されて失われたものも多いです。得られたものと失ったもの、どちらが重要かはその人の価値観にも寄りますので、一概にどちらが正しいかは言えません。ただ、このプロジェクトはかなり短期間に住民移転が実施されたので、失業した住民が多いというのは、準備不足であったのは確かなので、どうしても住民移転が必要な場合は十分合意形成と準備に時間をかける必要があると思います。
ー日本でも、水害や土砂災害のリスクの高い場所に人が住んでいたり、開発が進められていたりします。日本でもこのように災害リスクのあるところからからの移転というのはあるのでしょうか?
松行:日本では、防災集団移転促進事業という制度があり、災害のあった地域または危険な地域からコミュニティごと移転する制度があります。東日本大震災の後に多く利用されましたが、ジャカルタの例のように予防的に移転する事例は多くありません。やはり、住み慣れた場所を離れるのはどうしても抵抗が大きいのだと思います。それよりも、日本ではいま洪水の危険性のある地域の人口が増加していると言われています。洪水の危険性のある浸水想定区域での新規の開発をいかに抑制するかが重要な課題となっています。
ー次に、大都市スケールでの防災に関する研究の具体的な研究についてお伺いします。
松行:こちらも私の研究のご紹介になりますが、いわゆるタワマンと呼ばれる超高層マンションにおける防災に関する研究を実施しています。
令和元年台風で、タワーマンションが多くある武蔵小杉で冠水が起こり、タワーマンションも電気設備が水没して、停電が長く続き、多くの被害を受けたことは記憶に新しいと思います。タワーマンションは免振・耐震構造であるものが多く、一見災害に強そうですが、エレベーターがなければ生活できない、つまり電気に大きく依存した生活になってしまうので、災害への脆弱性が高いことが浮き彫りになりました。そこで、タワーマンションにおける共助はどのようになっているのかを明らかにするために、タワーマンションの管理組合に防災対策についてアンケートを実施しました[2]。その結果、回答してくださった管理組合の約4割で防災マニュアルが未整備で、とくにエレベーター、戸数の多いマンションで未整備の割合が高いことが分かりました。また、半数以上の管理組合で防災に関する常設組織がなく、やはり新しいマンションでその傾向が強いことが分かりました。また、戸数の少ないマンションも対策が進んでいない傾向にありました。
ータワーマンションはその規模から管理組合による防災対策も難しいですね。そのほかに、タワーマンションが防災や災害時の対応で大変なことはありますか?
松行:やはり、人口密度が高いので、発災後どうするかが難しい問題です。自治体の避難所は収容人数に限りもありますので、タワーマンションが集中している地区では、地震で建物の構造に被害がない場合は、在宅避難を勧めています。ただ、高層階ですと余震の際の揺れが大きいことや、停電してエレベーターが使用できない間は上下の移動が困難になること、停電時はトイレの使用ができないなどの問題もあり、タワーマンションの方に在宅避難を促すには、管理組合の防災対策だけではなく、各家庭の準備、いわゆる自助が非常に重要になります。
私たちが東京都内に居住している方2100名の方に実施したアンケート調査では、タワーマンション居住者の方が、戸建てやタワーマンション以外のマンション居住者よりも在宅避難をするつもりの人の割合が高いという結果が出ました。さらに、タワーマンションの居住者の方が、大地震発災時に、戸建てやタワーマンション以外の居住者よりも、水や食料の備蓄、トイレの準備、家具の固定など、災害用に備えている割合も高いこともわかりました。ただ、それでもタワーマンション居住者の半数以上がトイレに関しては何の備えもしておらず、とくにトイレの問題は深刻な問題になることが予想されます。また、戸建てや普通のマンションよりも備蓄をしているとは言え、十分な量ではないので、在宅避難をしている人にどのように支援を行うかも重要な課題になるかと思います。
ー最後に、開発途上国のスラムと日本のタワーマンションといった、全く違う住宅を対象に、災害への脆弱性の研究をしていますが、日本人が途上国の研究して、どのような学びがありますか?
松行:私がしている研究の一つに自生市街地の研究があります[3][4]。
自生市街地とは、市街化が都市計画制度の枠外で自然発生的に進んで形成された市街地のことを言います。途上国のスラムもそうですが、昔ながらのショップハウスなど、まだ途上国では自生市街地が多く残っています。そのような自生市街地は物理的には脆弱ですが、その利用者によって自生的な空間を管理するシステムが働き、社会的なレジリエンスを強化しているのではないか、という仮説のもとで研究を行っています。災害への対応力もそのレジリエンスの強化の一つで、ジャカルタの沿岸コミュニティに行くと、写真のように住民が自ら行っている災害対策をいくつも発見できます。このような災害対策はさすがに日本に応用するのは難しいと思いますが、他に日本にも応用できる点は多いと思います。
その一つがクリエイティブな発想を生み出す空間です。クリエイティブな発想を生み出す空間は、人間が相互に関与し合えるような場で、まさに自生市街地のような場だと思います。途上国で多く残っている自生市街地で、どのようにクリエイティブな発想や新しい文化が生まれてきているのか、どのような要素がそれを後押ししているのかを研究することは、日本におけるクリエイティブな空間づくりに大いに役立つと思います。こういったテーマについては、IMSに今年度設置された豊穣な社会研究センター、特にセンター内のつながり方研究所のような、人文社会学と工学を横断的に扱う組織の存在が活用できるのではとも思っています。
参考文献
[1] Ai Yokoyama, Mihoko Matsuyuki, Yulius Antokida, Irene Sondang Fitrinitia, Shinji Tanaka and Ryo Ariyoshi (2023) Assessing the Impacts of Climate-Induced Resettlement on Livelihood Vulnerability: A Case Study in Jakarta Special Province, Indonesia, International Journal of Disaster Risk Reduction,Volume 96, 2023, 103946. https://doi.org/10.1016/j.ijdrr.2023.103946
[2] 木村 祐輔, 松行 美帆子, 田中 伸治, 有吉 亮(2022) 「超高層マンションの管理組合による防災対策に関する研究」, 『都市計画論文集』, 2022, 57 巻, 3 号, p. 1417-1424. https://doi.org/10.11361/journalcpij.57.1417
[3] https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-22H01660/
[4] Tetsuo Kidokoro, Mihoko Matsuyuki, Norihisa Shima (2022) ‘Neoliberalization of urban planning and spatial inequalities in Asian megacities: Focus on Tokyo, Bangkok, Jakarta, and Mumbai’, Cities vol.130. https://doi.org/10.1016/j.cities.2022.103914